第17戦決勝終了時点 · 最終更新 2026/10/13 19:18(日本時間)
ライダー
自由に使える写真が見つからないため、ゼッケンとチームカラーで表示しています。 写真について
- 国籍
ドイツ - 生年月日
- 1950年1月30日(76歳)
生年月日・出生地は公式のライダー情報による
経歴
1975年、50ccのホッケンハイムでグランプリにデビューした。
続きを読む
50ccには1975〜1983年に12戦出走し、優勝0回、表彰台1回。
初めての表彰台は1979年ホッケンハイム(50cc)。
グランプリの決勝には通算12戦出走し、優勝0回、表彰台1回(公式リザルトDBの範囲)。
この文章は公式リザルトDBの数字から自動で作っています(人物評は書きません)
年ごとの推移
50cc ★ チャンピオン
下の帯は各年のチーム(チームカラー)。タップでチームとマシン
集計範囲:公式リザルトDB 1974〜1983年(このライダーの出走年)
通算成績
優勝率3.6%
表彰台率7.1%
平均順位(完走時)平均7.9位
87 点 · ポール 0
うち16戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
ポイントはクラスごとに集計(クラスをまたいで足さない)。数字をタップすると該当レースの一覧 | 集計範囲:公式リザルトDB 1974〜1983年(このライダーの出走年)
名ライダーとの対戦と同期
1974年にGPデビュー。同じ年にデビューした71人のうち、2026年も決勝を走ったのは0人。
- ステファン・ドルフリンガー 世界タイトル4回
同じ決勝を19回走り、前でゴール3回・後ろ15回・ともに完走せず1回 - エウジェニオ・ラッツァリーニ 世界タイトル3回
同じ決勝を18回走り、前でゴール1回・後ろ17回・ともに完走せず0回 - リカルド・トルモ 世界タイトル2回
同じ決勝を17回走り、前でゴール2回・後ろ13回・ともに完走せず2回
名ライダー=世界タイトル2回以上、またはMotoGP・500ccで30勝以上。同じ決勝を10回以上走った相手を、タイトルの多い順に4人まで。完走した方を前とする。
条件別の成績(決勝)
50cc 28戦 · 1974〜1983年
サーキット別(平均順位の良い順)参考値
50ccで一番得意なのはニュルブルクリンク(平均4.7位、3戦)
ル・マン1戦平均4.0位
ニュルブルクリンク3戦平均4.7位
リエカ4戦平均5.0位
スパ1戦平均5.0位
ミサノ1戦平均7.0位
ホッケンハイム6戦平均7.8位
モンツァ2戦平均8.5位
イモラ2戦平均9.0位
アッセン5戦平均10.3位
ハラマ2戦平均11.5位
ムジェロ1戦—
ル・マン1戦0%(0勝)
ニュルブルクリンク3戦33%(1勝)
リエカ4戦0%(0勝)
スパ1戦0%(0勝)
ミサノ1戦0%(0勝)
ホッケンハイム6戦0%(0勝)
モンツァ2戦0%(0勝)
イモラ2戦0%(0勝)
アッセン5戦0%(0勝)
ハラマ2戦0%(0勝)
ムジェロ1戦0%(0勝)
ル・マン1戦0%(0回)
ニュルブルクリンク3戦33%(1回)
リエカ4戦0%(0回)
スパ1戦0%(0回)
ミサノ1戦0%(0回)
ホッケンハイム6戦17%(1回)
モンツァ2戦0%(0回)
イモラ2戦0%(0回)
アッセン5戦0%(0回)
ハラマ2戦0%(0回)
ムジェロ1戦0%(0回)
50ccは路面状態の記録なし、グリッドの記録なし。
30戦未満は参考値(点線)。平均順位は完走したレースの平均 | 集計範囲:公式リザルトDB 1974〜1983年(このライダーの出走年)
全レースの成績
62.9%出走率(22/35戦)
3一番長い連続欠場(戦)
5一番長い連続出走(戦)
34.7欠場で失った推定ポイント
1優勝3表彰台8ポイント18ポイント圏外Rリタイア欠欠場
マスをタップすると、大会・予選・スプリント・決勝の順位とポイント
? 推定ポイントの計算方法
推定ポイント=欠場前の直近3戦の平均。欠場のたびに足す
その年の半数以上に出走したシーズンを並べています | 集計範囲:公式リザルトDB 1974〜1983年(このライダーの出走年)