0 点 · ポール 0
うち1戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1982 | シルバーストン | リタイア |
第17戦決勝終了時点 · 最終更新 2026/10/13 19:18(日本時間)
ライダー
自由に使える写真が見つからないため、ゼッケンとチームカラーで表示しています。 写真について
生年月日・出生地は公式のライダー情報による
1983年、500ccのシルバーストンでグランプリにデビューした。
500ccには1983〜1992年に42戦出走し、優勝0回、表彰台0回。
グランプリの決勝には通算42戦出走し、優勝0回、表彰台0回(公式リザルトDBの範囲)。
この文章は公式リザルトDBの数字から自動で作っています(人物評は書きません)
350cc500cc ★ チャンピオン
下の帯は各年のチーム(チームカラー)。タップでチームとマシン
集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1992年(このライダーの出走年)
0 点 · ポール 0
うち1戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1982 | シルバーストン | リタイア |
49.5 点 · ポール 0
うち21戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1983 | シルバーストン | 23番手 | リタイア | |
| 1984 | シルバーストン | 31番手 | 22 | |
| 1985 | ハラマ | 17 | ||
| 1985 | ホッケンハイム | リタイア | ||
| 1985 | ザルツブルク | 28番手 | 27 | |
| 1985 | ル・マン | 27番手 | 17 | |
| 1985 | シルバーストン | 28番手 | 26 | |
| 1985 | アンデルストープ | 17 | ||
| 1986 | ハラマ | 23番手 | 17 | |
| 1986 | モンツァ | 27番手 | リタイア | |
| 1986 | ニュルブルクリンク | 22番手 | 18 | |
| 1986 | ザルツブルク | 19 | ||
| 1986 | ポール・リカール | 28番手 | 17 | |
| 1986 | アッセン | 21番手 | 15 | |
| 1986 | スパ | リタイア | ||
| 1986 | シルバーストン | 17番手 | リタイア | |
| 1986 | アンデルストープ | 17番手 | 18 | |
| 1986 | ミサノ | 29番手 | リタイア | |
| 1987 | 鈴鹿 | 24番手 | 13 | |
| 1987 | ヘレス | 25番手 | 15 | |
| 1987 | ホッケンハイム | 27番手 | 20 | |
| 1987 | モンツァ | スタートせず | ||
| 1987 | ザルツブルク | 27番手 | 17 | |
| 1987 | リエカ | 22番手 | 16 | |
| 1987 | アッセン | 26番手 | 12 | |
| 1987 | ル・マン | 25番手 | 13 | |
| 1987 | ドニントン | 24番手 | リタイア | |
| 1987 | アンデルストープ | 24番手 | 17 | |
| 1987 | ブルノ | 25番手 | 17 | |
| 1987 | ミサノ | 29番手 | 18 | |
| 1987 | ハラマ | 24番手 | 14 | |
| 1988 | ドニントン | 23 | ||
| 1988 | アンデルストープ | 26番手 | 23 | |
| 1988 | ブルノ | 25番手 | リタイア | |
| 1989 | フィリップアイランド | 20番手 | 12 +4 | |
| 1989 | ラグナ・セカ | 13 +3 | ||
| 1989 | ヘレス | 15番手 | 13 +3 | |
| 1989 | ミサノ | 17番手 | 2 +17 | |
| 1989 | ホッケンハイム | 18番手 | 14 +2 | |
| 1989 | ザルツブルク | 14番手 | 13 +3 | |
| 1989 | リエカ | 17番手 | 14 +2 | |
| 1989 | アッセン | 16番手 | 19 | |
| 1989 | スパ | 16番手 | 15 +0.5 | |
| 1989 | ル・マン | 20番手 | 14 +2 | |
| 1989 | ドニントン | 17番手 | 15 +1 | |
| 1989 | アンデルストープ | 19番手 | 12 +4 | |
| 1989 | ブルノ | 19番手 | 21 | |
| 1989 | ゴイアニア | 17番手 | 14 +2 | |
| 1991 | ミサノ | 14 +2 | ||
| 1991 | ホッケンハイム | 14 +2 | ||
| 1991 | ハラマ | リタイア | ||
| 1991 | アッセン | リタイア | ||
| 1991 | ブルノ | 15 +1 | ||
| 1991 | ル・マン | 15 +1 | ||
| 1992 | イースタン・クリーク | 24番手 | 21 | |
| 1992 | シャー・アラム | 20番手 | リタイア | |
| 1992 | ヘレス | 23番手 | リタイア | |
| 1992 | ムジェロ | 25番手 | 20 | |
| 1992 | カタルーニャ | 24番手 | リタイア | |
| 1992 | ホッケンハイム | 23番手 | 17 | |
| 1992 | アッセン | 19番手 | 14 | |
| 1992 | インテルラゴス | 28番手 | リタイア | |
| 1992 | キャラミ | 30番手 | リタイア |
ポイントはクラスごとに集計(クラスをまたいで足さない)。数字をタップすると該当レースの一覧 | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1992年(このライダーの出走年)
1982年にGPデビュー。同じ年にデビューした90人のうち、2026年も決勝を走ったのは0人。
名ライダー=世界タイトル2回以上、またはMotoGP・500ccで30勝以上。同じ決勝を10回以上走った相手を、タイトルの多い順に4人まで。完走した方を前とする。
全クラスで一番得意なのはミサノ(平均11.3位、4戦)
クラスをまたいだ平均順位です(Moto3・Moto2・MotoGP などを合わせて計算)。クラスごとの数字は下の各クラスを見てください。3戦以上のサーキットだけを「得意」に数えます。
平均グリッド 平均の決勝順位(完走時)
| 10–15番手 | 14.5 → 13.0 | 0勝 / 2戦 |
|---|---|---|
| 16〜番手 | 23.1 → 16.6 | 0勝 / 47戦 |
500ccで一番得意なのはミサノ(平均11.3位、4戦)
500ccはすべて複数メーカー競争の時代、路面状態の記録なし。
350ccは路面状態の記録なし、グリッドの記録なし、サーキットは1か所のみ。
30戦未満は参考値(点線)。平均順位は完走したレースの平均 | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1992年(このライダーの出走年)
1949年以降の集計(1997年以前のコース長は、公開資料から調べた推定値)44戦はコース長が推定値
全セッション
少なくとも 5,911 km
地球0.1周 · 1,301周
少なくとも 102,716 km
地球2.6周 · 少なくとも6.0日
1949年以降。周回分析の資料がある年は全セッション、それより前は決勝のみ。テストは含まない。周回数×その年のコースの全長。サーキット間の直線距離から計算した最低ラインです。乗り継ぎ、テスト、自宅との往復は含まないため、実際はこれより長くなります。
1988 GPの出走なし
1990〜1991 GPの出走なし
マスをタップすると、大会・予選・スプリント・決勝の順位とポイント
推定ポイント=欠場前の直近3戦の平均。欠場のたびに足す
その年の半数以上に出走したシーズンを並べています | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1992年(このライダーの出走年)
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