29 点 · ポール 0
うち4戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1979 | ホッケンハイム | リタイア | ||
| 1980 | ブルノ | リタイア | ||
| 1981 | ブルノ | 3 +10 | ||
| 1982 | ブエノスアイレス | 6 +5 | ||
| 1982 | ザルツブルク | リタイア | ||
| 1982 | ミサノ | 7 +4 | ||
| 1982 | アッセン | 6 +5 | ||
| 1982 | シルバーストン | 13 | ||
| 1982 | ブルノ | 6 +5 |
第17戦決勝終了時点 · 最終更新 2026/10/13 19:18(日本時間)
ライダー
自由に使える写真が見つからないため、ゼッケンとチームカラーで表示しています。 写真について
生年月日・出生地は公式のライダー情報による
1980年、500ccのニュルブルクリンクでグランプリにデビューした。
500ccには1980年に1戦出走し、優勝0回、表彰台0回。350ccには1981〜1982年に2戦出走し、優勝0回、表彰台1回。500ccには1982年に1戦出走し、優勝0回、表彰台0回。350ccには1982年に3戦出走し、優勝0回、表彰台0回。500ccには1983〜1988年に29戦出走し、優勝0回、表彰台0回。
初めての表彰台は1981年ブルノ(350cc)。
グランプリの決勝には通算36戦出走し、優勝0回、表彰台1回(公式リザルトDBの範囲)。
この文章は公式リザルトDBの数字から自動で作っています(人物評は書きません)
注意:この集計には欠けがあります。公式のデータに結果がない決勝が 1 戦あり(このライダーが走った年・クラス)、その分は数えていません:1980 350cc (NAT)
350cc500cc ★ チャンピオン
下の帯は各年のチーム(チームカラー)。タップでチームとマシン
公式データに結果がない年の所属:1979 125cc
集計範囲:公式リザルトDB 1979〜1988年(このライダーの出走年)。公式データに結果がない決勝1戦を除く
29 点 · ポール 0
うち4戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1979 | ホッケンハイム | リタイア | ||
| 1980 | ブルノ | リタイア | ||
| 1981 | ブルノ | 3 +10 | ||
| 1982 | ブエノスアイレス | 6 +5 | ||
| 1982 | ザルツブルク | リタイア | ||
| 1982 | ミサノ | 7 +4 | ||
| 1982 | アッセン | 6 +5 | ||
| 1982 | シルバーストン | 13 | ||
| 1982 | ブルノ | 6 +5 |
44 点 · ポール 0
うち17戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1979 | ザルツブルク | 20 | ||
| 1979 | スパ | 4 +8 | ||
| 1980 | ニュルブルクリンク | 8番手 | 10 +1 | |
| 1981 | ザルツブルク | リタイア | ||
| 1981 | ポール・リカール | リタイア | ||
| 1982 | ザルツブルク | 6番手 | リタイア | |
| 1982 | ホッケンハイム | リタイア | ||
| 1983 | キャラミ | 24番手 | リタイア | |
| 1983 | ル・マン | 32番手 | リタイア | |
| 1983 | モンツァ | 17番手 | 13 | |
| 1983 | ホッケンハイム | 16番手 | 16 | |
| 1983 | ハラマ | 18番手 | 14 | |
| 1983 | リエカ | 22番手 | 17 | |
| 1984 | キャラミ | リタイア | ||
| 1984 | ミサノ | 17番手 | 13 | |
| 1984 | ハラマ | 12番手 | 6 +5 | |
| 1984 | ザルツブルク | スタートせず | ||
| 1984 | ニュルブルクリンク | 31番手 | リタイア | |
| 1984 | アッセン | 9番手 | 7 +4 | |
| 1984 | スパ | 16番手 | 10 +1 | |
| 1984 | アンデルストープ | 16番手 | リタイア | |
| 1984 | ムジェロ | 33番手 | リタイア | |
| 1985 | キャラミ | 16番手 | 14 | |
| 1985 | ザルツブルク | 17番手 | 12 | |
| 1985 | リエカ | 9 +2 | ||
| 1985 | アッセン | 17番手 | リタイア | |
| 1985 | スパ | 13番手 | 10 +1 | |
| 1985 | ル・マン | 13番手 | 8 +3 | |
| 1985 | シルバーストン | 14番手 | リタイア | |
| 1985 | アンデルストープ | リタイア | ||
| 1985 | ミサノ | 8番手 | 7 +4 | |
| 1986 | ハラマ | 12番手 | リタイア | |
| 1986 | ニュルブルクリンク | 11番手 | 9 +2 | |
| 1986 | ザルツブルク | 8 +3 | ||
| 1986 | ポール・リカール | 15番手 | リタイア | |
| 1986 | アッセン | リタイア | ||
| 1987 | 鈴鹿 | 15番手 | リタイア | |
| 1987 | ヘレス | 18番手 | リタイア | |
| 1987 | ホッケンハイム | 12番手 | 9 +2 | |
| 1987 | モンツァ | 16番手 | リタイア | |
| 1987 | ザルツブルク | 13番手 | リタイア | |
| 1987 | リエカ | 11番手 | リタイア | |
| 1987 | ル・マン | 18番手 | リタイア | |
| 1987 | ドニントン | 20番手 | リタイア | |
| 1987 | ミサノ | 16番手 | 9 +2 | |
| 1987 | ハラマ | 17番手 | 10 +1 | |
| 1988 | ハラマ | 14番手 | リタイア | |
| 1988 | ザルツブルク | 18番手 | 11 +5 |
ポイントはクラスごとに集計(クラスをまたいで足さない)。数字をタップすると該当レースの一覧 | 集計範囲:公式リザルトDB 1979〜1988年(このライダーの出走年)。公式データに結果がない決勝1戦を除く
1979年にGPデビュー。同じ年にデビューした102人のうち、2026年も決勝を走ったのは0人。
名ライダー=世界タイトル2回以上、またはMotoGP・500ccで30勝以上。同じ決勝を10回以上走った相手を、タイトルの多い順に4人まで。完走した方を前とする。
全クラスで一番得意なのはブルノ(平均4.5位、3戦)
クラスをまたいだ平均順位です(Moto3・Moto2・MotoGP などを合わせて計算)。クラスごとの数字は下の各クラスを見てください。3戦以上のサーキットだけを「得意」に数えます。
10–15番手スタートでは、平均12.9番手から平均8.4位まで上げている
平均グリッド 平均の決勝順位(完走時)
| 7–9番手 | 8.3 → 8.0 | 0勝 / 3戦 |
|---|---|---|
| 10–15番手 | 12.9 → 8.4 | 0勝 / 12戦 |
| 16〜番手 | 19.8 → 12.6 | 0勝 / 21戦 |
500ccで一番得意なのはアッセン(平均7.0位、3戦)
500ccはすべて複数メーカー競争の時代、路面状態の記録なし。
350ccは路面状態の記録なし、グリッドの記録なし。
30戦未満は参考値(点線)。平均順位は完走したレースの平均 | 集計範囲:公式リザルトDB 1979〜1988年(このライダーの出走年)。公式データに結果がない決勝1戦を除く
1949年以降の集計(1997年以前のコース長は、公開資料から調べた推定値)21戦はコース長が推定値
全セッション
少なくとも 2,368 km
地球0.1周 · 519周
少なくとも 36,267 km
地球0.9周 · 少なくとも2.3日
1949年以降。周回分析の資料がある年は全セッション、それより前は決勝のみ。テストは含まない。周回数×その年のコースの全長。サーキット間の直線距離から計算した最低ラインです。乗り継ぎ、テスト、自宅との往復は含まないため、実際はこれより長くなります。
1986 GPの出走なし
マスをタップすると、大会・予選・スプリント・決勝の順位とポイント
推定ポイント=欠場前の直近3戦の平均。欠場のたびに足す
その年の半数以上に出走したシーズンを並べています | 集計範囲:公式リザルトDB 1979〜1988年(このライダーの出走年)。公式データに結果がない決勝1戦を除く
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