第17戦決勝終了時点 · 最終更新 2026/10/13 19:18(日本時間)
ライダー
マッシモ・ブロッコリ Massimo Broccoli
自由に使える写真が見つからないため、ゼッケンとチームカラーで表示しています。 写真について
- 国籍
イタリア - マシン
- Cagiva
- 生年月日
- 1957年11月14日(68歳)
生年月日・出生地は公式のライダー情報による
経歴
1982年、250ccのミサノでグランプリにデビューした。
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250ccには1982〜1983年に3戦出走し、優勝0回、表彰台0回。500ccには1983〜1985年に12戦出走し、優勝0回、表彰台0回。250ccには1985年に1戦出走し、優勝0回、表彰台0回。500ccには1987〜1989年に7戦出走し、優勝0回、表彰台0回。
グランプリの決勝には通算23戦出走し、優勝0回、表彰台0回(公式リザルトDBの範囲)。
この文章は公式リザルトDBの数字から自動で作っています(人物評は書きません)
年ごとの推移
250cc500cc ★ チャンピオン
下の帯は各年のチーム(チームカラー)。タップでチームとマシン
集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1989年(このライダーの出走年)
通算成績
優勝率0.0%
表彰台率0.0%
平均順位(完走時)平均12.5位
11 点 · ポール 0
うち2戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
優勝率0.0%
表彰台率0.0%
平均順位(完走時)平均14.1位
20 点 · ポール 0
うち7戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
ポイントはクラスごとに集計(クラスをまたいで足さない)。数字をタップすると該当レースの一覧 | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1989年(このライダーの出走年)
名ライダーとの対戦と同期
1982年にGPデビュー。同じ年にデビューした90人のうち、2026年も決勝を走ったのは0人。
- エディ・ローソン 世界タイトル4回
同じ決勝を26回走り、前でゴール0回・後ろ25回・ともに完走せず1回 - フレディ・スペンサー 世界タイトル3回
同じ決勝を17回走り、前でゴール1回・後ろ13回・ともに完走せず3回 - バリー・シーン 世界タイトル2回
同じ決勝を12回走り、前でゴール3回・後ろ8回・ともに完走せず1回
名ライダー=世界タイトル2回以上、またはMotoGP・500ccで30勝以上。同じ決勝を10回以上走った相手を、タイトルの多い順に4人まで。完走した方を前とする。
条件別の成績(決勝)
全クラス 32戦 · 250cc / 500cc
サーキット別(平均順位の良い順)参考値
全クラスで一番得意なのはムジェロ(平均9.5位、3戦)
ポール・リカール500cc 1平均7.0位
ムジェロ250cc 1 · 500cc 2平均9.5位
ミサノ250cc 2 · 500cc 3平均11.0位
ヘレス500cc 1平均11.0位
ニュルブルクリンク500cc 2平均12.0位
キャラミ250cc 1 · 500cc 2平均14.0位
ザルツブルク500cc 3平均15.0位
イモラ500cc 2平均15.0位
モンツァ250cc 1 · 500cc 1平均15.0位
ブルノ500cc 1平均15.0位
リエカ500cc 4平均17.3位
シルバーストン500cc 1平均25.0位
ハラマ500cc 1—
アッセン500cc 1—
ホッケンハイム250cc 1—
スパ500cc 1—
ポール・リカール500cc 10%(0勝)
ムジェロ250cc 1 · 500cc 20%(0勝)
ミサノ250cc 2 · 500cc 30%(0勝)
ヘレス500cc 10%(0勝)
ニュルブルクリンク500cc 20%(0勝)
キャラミ250cc 1 · 500cc 20%(0勝)
ザルツブルク500cc 30%(0勝)
イモラ500cc 20%(0勝)
モンツァ250cc 1 · 500cc 10%(0勝)
ブルノ500cc 10%(0勝)
リエカ500cc 40%(0勝)
シルバーストン500cc 10%(0勝)
ハラマ500cc 10%(0勝)
アッセン500cc 10%(0勝)
ホッケンハイム250cc 10%(0勝)
スパ500cc 10%(0勝)
ポール・リカール500cc 10%(0回)
ムジェロ250cc 1 · 500cc 20%(0回)
ミサノ250cc 2 · 500cc 30%(0回)
ヘレス500cc 10%(0回)
ニュルブルクリンク500cc 20%(0回)
キャラミ250cc 1 · 500cc 20%(0回)
ザルツブルク500cc 30%(0回)
イモラ500cc 20%(0回)
モンツァ250cc 1 · 500cc 10%(0回)
ブルノ500cc 10%(0回)
リエカ500cc 40%(0回)
シルバーストン500cc 10%(0回)
ハラマ500cc 10%(0回)
アッセン500cc 10%(0回)
ホッケンハイム250cc 10%(0回)
スパ500cc 10%(0回)
クラスをまたいだ平均順位です(Moto3・Moto2・MotoGP などを合わせて計算)。クラスごとの数字は下の各クラスを見てください。3戦以上のサーキットだけを「得意」に数えます。
500cc 26戦 · 1983〜1989年
グリッド位置別参考値
平均グリッド 平均の決勝順位(完走時)
| 10–15番手 | 13.8 → 13.0 | 0勝 / 6戦 |
|---|
| 16〜番手 | 21.8 → 14.4 | 0勝 / 17戦 |
|---|
サーキット別(平均順位の良い順)参考値
500ccで一番得意なのはミサノ(平均10.0位、3戦)
キャラミ2戦平均6.0位
ポール・リカール1戦平均7.0位
ミサノ3戦平均10.0位
ヘレス1戦平均11.0位
ニュルブルクリンク2戦平均12.0位
ムジェロ2戦平均14.0位
ザルツブルク3戦平均15.0位
イモラ2戦平均15.0位
ブルノ1戦平均15.0位
モンツァ1戦平均15.0位
リエカ4戦平均17.3位
シルバーストン1戦平均25.0位
ハラマ1戦—
アッセン1戦—
スパ1戦—
キャラミ2戦0%(0勝)
ポール・リカール1戦0%(0勝)
ミサノ3戦0%(0勝)
ヘレス1戦0%(0勝)
ニュルブルクリンク2戦0%(0勝)
ムジェロ2戦0%(0勝)
ザルツブルク3戦0%(0勝)
イモラ2戦0%(0勝)
ブルノ1戦0%(0勝)
モンツァ1戦0%(0勝)
リエカ4戦0%(0勝)
シルバーストン1戦0%(0勝)
ハラマ1戦0%(0勝)
アッセン1戦0%(0勝)
スパ1戦0%(0勝)
キャラミ2戦0%(0回)
ポール・リカール1戦0%(0回)
ミサノ3戦0%(0回)
ヘレス1戦0%(0回)
ニュルブルクリンク2戦0%(0回)
ムジェロ2戦0%(0回)
ザルツブルク3戦0%(0回)
イモラ2戦0%(0回)
ブルノ1戦0%(0回)
モンツァ1戦0%(0回)
リエカ4戦0%(0回)
シルバーストン1戦0%(0回)
ハラマ1戦0%(0回)
アッセン1戦0%(0回)
スパ1戦0%(0回)
500ccはすべて複数メーカー競争の時代、路面状態の記録なし。
250cc 6戦 · 1982〜1985年
サーキット別(平均順位の良い順)参考値
ムジェロ1戦平均5.0位
ミサノ2戦平均11.5位
キャラミ1戦平均22.0位
ホッケンハイム1戦—
モンツァ1戦—
ムジェロ1戦0%(0勝)
ミサノ2戦0%(0勝)
キャラミ1戦0%(0勝)
ホッケンハイム1戦0%(0勝)
モンツァ1戦0%(0勝)
ムジェロ1戦0%(0回)
ミサノ2戦0%(0回)
キャラミ1戦0%(0回)
ホッケンハイム1戦0%(0回)
モンツァ1戦0%(0回)
250ccはすべて複数メーカー競争の時代、路面状態の記録なし、グリッドの記録なし。
30戦未満は参考値(点線)。平均順位は完走したレースの平均 | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1989年(このライダーの出走年)
バイクで走った距離と、移動した距離
1949年以降の集計(1997年以前のコース長は、公開資料から調べた推定値)17戦はコース長が推定値
バイクで走った距離
全セッション
少なくとも 2,010 km
地球0.1周 · 458周
飛行機で移動した距離(サーキット間)
少なくとも 8,064 km
地球0.2周 · 少なくとも0.6日
1949年以降。周回分析の資料がある年は全セッション、それより前は決勝のみ。テストは含まない。周回数×その年のコースの全長。サーキット間の直線距離から計算した最低ラインです。乗り継ぎ、テスト、自宅との往復は含まないため、実際はこれより長くなります。
全レースの成績
91.7%出走率(11/12戦)
1一番長い連続欠場(戦)
10一番長い連続出走(戦)
0欠場で失った推定ポイント
1優勝3表彰台8ポイント18ポイント圏外Rリタイア欠欠場
マスをタップすると、大会・予選・スプリント・決勝の順位とポイント
? 推定ポイントの計算方法
推定ポイント=欠場前の直近3戦の平均。欠場のたびに足す
その年の半数以上に出走したシーズンを並べています | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1989年(このライダーの出走年)