18 点 · ポール 0
うち3戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1979 | サン・カルロス | リタイア | ||
| 1979 | ハラマ | 4 +8 | ||
| 1979 | イマトラ | リタイア | ||
| 1979 | ル・マン | リタイア | ||
| 1980 | ミサノ | 9 +2 | ||
| 1980 | ポール・リカール | 7 +4 | ||
| 1980 | スパ | 7 +4 |
第17戦決勝終了時点 · 最終更新 2026/10/13 19:18(日本時間)
ライダー
自由に使える写真が見つからないため、ゼッケンとチームカラーで表示しています。 写真について
生年月日・出生地は公式のライダー情報による
1979年、125ccのハラマでグランプリにデビューした。
125ccには1979〜1980年に2戦出走し、優勝0回、表彰台0回。250ccには1980年に1戦出走し、優勝0回、表彰台0回。125ccには1980年に1戦出走し、優勝0回、表彰台0回。250ccには1980年に1戦出走し、優勝0回、表彰台1回。125ccには1980年に1戦出走し、優勝0回、表彰台0回。
初めての表彰台は1980年リエカ(250cc)。
グランプリの決勝には通算6戦出走し、優勝0回、表彰台1回(公式リザルトDBの範囲)。
この文章は公式リザルトDBの数字から自動で作っています(人物評は書きません)
125cc250cc ★ チャンピオン
下の帯は各年のチーム(チームカラー)。タップでチームとマシン
集計範囲:公式リザルトDB 1979〜1980年(このライダーの出走年)
18 点 · ポール 0
うち3戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1979 | サン・カルロス | リタイア | ||
| 1979 | ハラマ | 4 +8 | ||
| 1979 | イマトラ | リタイア | ||
| 1979 | ル・マン | リタイア | ||
| 1980 | ミサノ | 9 +2 | ||
| 1980 | ポール・リカール | 7 +4 | ||
| 1980 | スパ | 7 +4 |
28 点 · ポール 0
うち1戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1980 | ハラマ | 7 +4 | ||
| 1980 | リエカ | 2 +12 | ||
| 1980 | スパ | 2 +12 |
ポイントはクラスごとに集計(クラスをまたいで足さない)。数字をタップすると該当レースの一覧 | 集計範囲:公式リザルトDB 1979〜1980年(このライダーの出走年)
1979年にGPデビュー。同じ年にデビューした102人のうち、2026年も決勝を走ったのは0人。
名ライダー=世界タイトル2回以上、またはMotoGP・500ccで30勝以上。同じ決勝を10回以上走った相手を、タイトルの多い順に4人まで。完走した方を前とする。
クラスをまたいだ平均順位です(Moto3・Moto2・MotoGP などを合わせて計算)。クラスごとの数字は下の各クラスを見てください。3戦以上のサーキットだけを「得意」に数えます。
250ccはすべて複数メーカー競争の時代、路面状態の記録なし、グリッドの記録なし。
125ccはすべて複数メーカー競争の時代、路面状態の記録なし、グリッドの記録なし。
30戦未満は参考値(点線)。平均順位は完走したレースの平均 | 集計範囲:公式リザルトDB 1979〜1980年(このライダーの出走年)
1949年以降の集計(1997年以前のコース長は、公開資料から調べた推定値)5戦はコース長が推定値
全セッション
少なくとも 521 km
地球0.0周 · 128周
少なくとも 1,061 km
地球0.0周 · 少なくとも0.1日
1949年以降。周回分析の資料がある年は全セッション、それより前は決勝のみ。テストは含まない。周回数×その年のコースの全長。サーキット間の直線距離から計算した最低ラインです。乗り継ぎ、テスト、自宅との往復は含まないため、実際はこれより長くなります。
レギュラーとして走ったシーズン(その年の半数以上に出走)がない
推定ポイント=欠場前の直近3戦の平均。欠場のたびに足す
その年の半数以上に出走したシーズンを並べています | 集計範囲:公式リザルトDB 1979〜1980年(このライダーの出走年)
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