30 点 · ポール 0
うち17点は、公式の記録に結果がない決勝の分です(公式の年間ランキングの点数から数えています)。
うち1戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1989 | ホッケンハイム | 6番手 | 4 +13 | |
| 1989 | リエカ | 10番手 | 18 | |
| 1989 | アッセン | 8番手 | リタイア | |
| 1989 | ブルノ | 14番手 | 21 |
第17戦決勝終了時点 · 最終更新 2026/10/13 19:18(日本時間)
ライダー
自由に使える写真が見つからないため、ゼッケンとチームカラーで表示しています。 写真について
生年月日・出生地は公式のライダー情報による
1983年、125ccのル・マンでグランプリにデビューした。
125ccには1983〜1988年に20戦出走し、優勝0回、表彰台1回。80ccには1989年に3戦出走し、優勝0回、表彰台0回。250ccには1992年に1戦出走し、優勝0回、表彰台0回。125ccには1992年に1戦出走し、優勝0回、表彰台0回。
初めての表彰台は1987年ブルノ(125cc)。
グランプリの決勝には通算25戦出走し、優勝0回、表彰台1回(公式リザルトDBの範囲)。
この文章は公式リザルトDBの数字から自動で作っています(人物評は書きません)
公式の記録には予選の順位とスターティンググリッドだけが残り、決勝の結果がありません(公式サイトにも出ていません)。
125cc80cc250cc ★ チャンピオン
下の帯は各年のチーム(チームカラー)。タップでチームとマシン
公式データに結果がない年の所属:1991 125cc
集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1992年(このライダーの出走年)
30 点 · ポール 0
うち17点は、公式の記録に結果がない決勝の分です(公式の年間ランキングの点数から数えています)。
うち1戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1989 | ホッケンハイム | 6番手 | 4 +13 | |
| 1989 | リエカ | 10番手 | 18 | |
| 1989 | アッセン | 8番手 | リタイア | |
| 1989 | ブルノ | 14番手 | 21 |
47 点 · ポール 0
うち23戦は公式データに決勝の結果がないため、Wikipedia(イタリア語版)の結果を使っています。
| 1982 | ブエノスアイレス | リタイア | ||
| 1982 | スパ | 19 | ||
| 1982 | リエカ | リタイア | ||
| 1983 | ル・マン | リタイア | ||
| 1983 | モンツァ | 23 | ||
| 1983 | ホッケンハイム | 31 | ||
| 1983 | ハラマ | リタイア | ||
| 1983 | ザルツブルク | 26 | ||
| 1983 | イモラ | リタイア | ||
| 1984 | ムジェロ | 22 | ||
| 1985 | ハラマ | 10 +1 | ||
| 1985 | ホッケンハイム | 18 | ||
| 1985 | ムジェロ | 8 +3 | ||
| 1985 | ザルツブルク | 15 | ||
| 1985 | アッセン | 13 | ||
| 1985 | スパ | 17 | ||
| 1985 | ル・マン | 16 | ||
| 1985 | シルバーストン | リタイア | ||
| 1985 | アンデルストープ | リタイア | ||
| 1985 | ミサノ | リタイア | ||
| 1986 | ハラマ | 8 +3 | ||
| 1986 | モンツァ | 15 | ||
| 1986 | ニュルブルクリンク | 27 | ||
| 1986 | ザルツブルク | リタイア | ||
| 1986 | ポール・リカール | リタイア | ||
| 1986 | アッセン | 13 | ||
| 1986 | スパ | リタイア | ||
| 1986 | シルバーストン | リタイア | ||
| 1986 | アンデルストープ | 11 | ||
| 1986 | ミサノ | リタイア | ||
| 1986 | ホッケンハイム | 15 | ||
| 1987 | ヘレス | リタイア | ||
| 1987 | ホッケンハイム | 6 +5 | ||
| 1987 | モンツァ | 6 +5 | ||
| 1987 | ザルツブルク | 6 +5 | ||
| 1987 | アッセン | 8 +3 | ||
| 1987 | ル・マン | 18 | ||
| 1987 | ドニントン | リタイア | ||
| 1987 | アンデルストープ | 4 +8 | ||
| 1987 | ブルノ | 3 +10 | ||
| 1987 | ミサノ | 7 +4 | ||
| 1987 | ハラマ | リタイア | ||
| 1988 | アンデルストープ | 26番手 | 26 | |
| 1992 | アッセン | 1周目リタイア |
0 点 · ポール 0
| 1992 | ヘレス | リタイア |
ポイントはクラスごとに集計(クラスをまたいで足さない)。数字をタップすると該当レースの一覧 | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1992年(このライダーの出走年)
1982年にGPデビュー。同じ年にデビューした90人のうち、2026年も決勝を走ったのは0人。
名ライダー=世界タイトル2回以上、またはMotoGP・500ccで30勝以上。同じ決勝を10回以上走った相手を、タイトルの多い順に4人まで。完走した方を前とする。
全クラスで一番得意なのはミサノ(平均7.0位、3戦)
クラスをまたいだ平均順位です(Moto3・Moto2・MotoGP などを合わせて計算)。クラスごとの数字は下の各クラスを見てください。3戦以上のサーキットだけを「得意」に数えます。
125ccで一番得意なのはミサノ(平均7.0位、3戦)
125ccはすべて複数メーカー競争の時代、路面状態の記録なし、グリッドはすべて16〜番手。
250ccはすべて複数メーカー競争の時代、路面状態の記録なし、グリッドの記録なし、サーキットは1か所のみ。
平均グリッド 平均の決勝順位(完走時)
| 4–6番手 | 6.0 → 4.0 | 0勝 / 1戦 |
|---|---|---|
| 10–15番手 | 12.0 → 19.5 | 0勝 / 2戦 |
80ccは路面状態の記録なし。
30戦未満は参考値(点線)。平均順位は完走したレースの平均 | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1992年(このライダーの出走年)
1949年以降の集計(1997年以前のコース長は、公開資料から調べた推定値)14戦はコース長が推定値
全セッション
少なくとも 1,324 km
地球0.0周 · 257周
少なくとも 20,827 km
地球0.5周 · 少なくとも1.5日
1949年以降。周回分析の資料がある年は全セッション、それより前は決勝のみ。テストは含まない。周回数×その年のコースの全長。サーキット間の直線距離から計算した最低ラインです。乗り継ぎ、テスト、自宅との往復は含まないため、実際はこれより長くなります。
1984 GPの出走なし
1988 GPの出走なし
マスをタップすると、大会・予選・スプリント・決勝の順位とポイント
推定ポイント=欠場前の直近3戦の平均。欠場のたびに足す
その年の半数以上に出走したシーズンを並べています | 集計範囲:公式リザルトDB 1982〜1992年(このライダーの出走年)
はじめての方へ:MotoRaceLabは、MotoGPを公式記録のデータで楽しむ非公式のファンサイトです。 運営者について